洋二郎関係 · 2024/10/20
「百太郎会」という名前がなぜ付いたのでしょう? おそらく、百太郎さんの子や孫が集う会という意味ではないでしょうか。 百太郎さんは、洋二郎の父忠次郎の姉クマさん(恒子さん)の夫で、高校の先生を止めて明治大学法学部に入り、司法試験を受けて弁護士になったそうです。...

言葉 · 2024/10/11
 「ほんとうに書くことは  単に他者にむかって語ることではなく、  他者のなかの未来に関与することだ。」 洋二郎の親友だった宇佐見英治さんのこの言葉に出逢ったとき、 私は胸を打たれました。 それからしばらく経ち、宇佐見さんからの手紙を読み返していて、次の部分に出逢い、衝撃を受けました。...

食べ物 · 2024/09/29
皆さんは、どんな食べ物がお好きですか? 私は、ところてん、あんみつなど、寒天系のものが結構好きです。 この夏は、実によくあんみつを食べました。 寒天は熱湯に溶かし、冷やして固めるだけ。固まったら、賽の目に切って、器に盛り、黒みつをかけ、スプーンで餡をすくい取り、寒天の上に乗せれば、OK. すべて、伊那のかんてんぱぱ製品です。...

今日は何の日 · 2024/09/14
2002年9月14日に亡くなられた宇佐見英治さんの、今日はご命日です。 洋二郎の死後、同人誌『同時代』7号の中に、宇佐見さんは次のように書きました。...

 · 2024/09/02
とよたかずひこさんの「ももんちゃんシリーズ」の中でも大好きな一冊です。  どんどこ どんどこ         どんどこ どんどこ  ももんちゃんが いそいでいます 川をわたす一本橋をわたり、ころんでも起き上がり、涙をとばしながら、ももんちゃんは いそいでいます 最後にももんちゃんを待っていたのは・・・?...

音楽 · 2024/08/20
  洋二郎の姉説子の長女・香西理子は、4歳から小野アンナさんにヴァイオリンを習っていました。 1950年第19回日本音楽コンクールで1位、それからアメリカのジュリアード音楽院に留学し、ソリストとして活躍していました。 その後、ヴァイオリン演奏の指導に軸足を置くようになり、何人もの素晴らしい弟子に恵まれました。...

洋二郎関係 · 2024/08/08
今日は月に一度出向く巣鴨へ行ってきました。 今は亡き母とよく巣鴨のお地蔵様にお参りしたことを思い出します。 そう言えば、『眼の光』に洋二郎のことを書いてくれた詩人・坂井信夫さんも巣鴨に御縁ある方です。若い頃巣鴨に住んでいたそうなのです。...

今日は何の日 · 2024/07/29
今日は洋二郎の命日です。 洋二郎は1953年7月29日、滝野川の印刷局病院で亡くなりました。 37歳でした。 肺結核は当時治癒率が低い病気でした。 洋二郎の兄も弟も結核にかかっています。 避けることが難しかった病だったようです。 1953年7月20日エルテルでのクレパス画展最終日。 二度喀血した洋二郎はそのまま宿で寝付いてしまいました。...

言葉 · 2024/07/25
みなさまは、坂西志保さんのこんな言葉をご存じでしょうか? 「生きるということは、出合った出来事をひとつずつ片付けていくことです。大きな出来事にポンと放り出されると、勇気が湧いてきます」 私は、この言葉に、高校生の時出合いました。 通院、体育見学。クラブ、掃除免除という高校生活でした。...

野鳥 · 2024/07/19
ハシビロコウ。 知りませんでした。 アフリカ生まれで、日本には、12羽いるそうです。 なんだか、今にもしゃべりだしそうな口もと、そして、目元。結構パシパシしゃべりそう。 これはパッチワークのハシビロコウ。手仕事好きの友人が1年半かけて作り、見せてくれました。 上野動物園のハシビロコウさんに、何度も会いに行ったそうです。...

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